映画好きは映画が人生そのものだと言ったりしますが、森下幹人にとってもまさに自分の人生になくてはならないものだと感じています。
今まで過去に見てきた作品が今の自分を作り上げているところがありますし、仕事をしているのも何のためかと言えば、世の中に数多く作り出された作品を見るためですから、映画なしでは森下幹人は行きていくことができません。
もちろん、他にも楽しいことはいくらでもありますし、テレビの画面やスクリーンにばかり向かているわけではありませんが、それでも自由な時間の大半は何かしら映画のことを考えています。
他の趣味を持っている人がどうなのかはわかりませんが、一つのことにこれだけ夢中になることができるというのは本当に嬉しいものであり、おかげで充実した人生を送ることができています。
一つのことに入れ込むのではなく、色んなことに興味を持つのも良いのかも知れませんが、これだというのめり込むことができるという物があるのは良いことですよね。
また、映画と言っても作品の種類はたくさんありますから、大きなくくりで言えば一つの趣味のように感じるかも知れませんが、それを細分化していけば色んなことに触れ合うことができる趣味でもあるわけで、森下幹人としては一つのものに傾倒しすぎているという気はありません。
これからの人生も色々な作品に触れて色んな考えに思いをはせるような生活をしていきたいと、森下幹人は常々考えています。
2018年4月27日金曜日
2018年4月21日土曜日
森下幹人は映画を最後までしっかりと見たい
これは人による部分はあると思うのですが、映画を見た時にスタッフロールが流れている時点で見るのをやめてしまう人は少なくありません。
大抵の人は誰が作ったのかというのは興味があるものではありませんし、知らない人の名前を見たところで仕方ありませんから、見るのをやめてしまうのも決しておかしなことではないと思います。
しかし、スタッフロールの最後にほんの少しだけ後日談のようなものがあったりすることにありますし、それがなかったとしても作品の余韻を楽しむ時間だと森下幹人は考えていますから、この部分もしっかり見たいものだと常々考えています。
自分の家でみるときには良いのですが、映画館に行ったときにはスタッフロールが流れ出すと多くの人が席を立って出口に向かいますから、そこで気持ちが切れてしまうことがあり最後まで見てほしいなと感じるものです。
また、最近でこそ少なくなったように感じますが、スタッフロールの中盤にもなると幕を締めてしまうシアターもあって、中途半端なところで切られたような感じがしてモヤモヤっとした気持ちになってしまうことがあります。
余程の映画好きでもなければ問題がないのでしょうが、お金を払っている以上はスタッフロールの最後まで見せて欲しいと思ってしまいます。
あまりカリカリしてせっかくの映画をつまらない気分で終えてももったいないので、気持ちを切り替えるようにしていますが、もう少し森下幹人と同じ考えの人が増えて最後まで落ち着いて見られるようになると嬉しいです。
大抵の人は誰が作ったのかというのは興味があるものではありませんし、知らない人の名前を見たところで仕方ありませんから、見るのをやめてしまうのも決しておかしなことではないと思います。
しかし、スタッフロールの最後にほんの少しだけ後日談のようなものがあったりすることにありますし、それがなかったとしても作品の余韻を楽しむ時間だと森下幹人は考えていますから、この部分もしっかり見たいものだと常々考えています。
自分の家でみるときには良いのですが、映画館に行ったときにはスタッフロールが流れ出すと多くの人が席を立って出口に向かいますから、そこで気持ちが切れてしまうことがあり最後まで見てほしいなと感じるものです。
また、最近でこそ少なくなったように感じますが、スタッフロールの中盤にもなると幕を締めてしまうシアターもあって、中途半端なところで切られたような感じがしてモヤモヤっとした気持ちになってしまうことがあります。
余程の映画好きでもなければ問題がないのでしょうが、お金を払っている以上はスタッフロールの最後まで見せて欲しいと思ってしまいます。
あまりカリカリしてせっかくの映画をつまらない気分で終えてももったいないので、気持ちを切り替えるようにしていますが、もう少し森下幹人と同じ考えの人が増えて最後まで落ち着いて見られるようになると嬉しいです。
2018年4月12日木曜日
森下幹人が1.5倍速で映画を見てみたところ
最近1.5倍速で映画を見ると、短時間で視聴ができて効率がいいという話を聞いて森下幹人も試してみることにしました。
映画好きとしてはじっくり作品を堪能したいところですから、倍速再生はご法度だと思うかも知れませんが、一度見てもう一度見たいと思った映画を見直す時に良いかなと思って試してみたわけです。
するとこれが確かに便利なもので、1.5倍速でもしっかり話は頭の中に入ってきますし、ストーリーを追うことは十分にできますから、短時間で視聴をすることができて悪くないと感じました。
確かに映画としての良さが失われてしまう部分もありますから、見たことがない作品をこの方法で見ようとは思わないのですが、一度見た作品を見るには短時間で視聴ができるので、森下幹人のように年中いろいろな作品を見ている人間からするとかなり便利だったりします。
やはり、一日にみることができる本数というのは限られていて、みるのであれば新作を見たいところですから、なかなか見返したいと思っている作品があっても、時間の関係でみることができないことも少なくありません。
1.5倍速再生をすれば、一本を見るには少し時間が足りないかなと思えるときでもみることができるため、もう一度見たいと思った作品を見るのにちょうど良いです。
すべての作品をこのような見方をしてしまう人は少しもったいないなと思いますが、時間がなくてもう一度見たい作品が山ほどある自分のような人間には便利な方法だと感じます。
映画好きとしてはじっくり作品を堪能したいところですから、倍速再生はご法度だと思うかも知れませんが、一度見てもう一度見たいと思った映画を見直す時に良いかなと思って試してみたわけです。
するとこれが確かに便利なもので、1.5倍速でもしっかり話は頭の中に入ってきますし、ストーリーを追うことは十分にできますから、短時間で視聴をすることができて悪くないと感じました。
確かに映画としての良さが失われてしまう部分もありますから、見たことがない作品をこの方法で見ようとは思わないのですが、一度見た作品を見るには短時間で視聴ができるので、森下幹人のように年中いろいろな作品を見ている人間からするとかなり便利だったりします。
やはり、一日にみることができる本数というのは限られていて、みるのであれば新作を見たいところですから、なかなか見返したいと思っている作品があっても、時間の関係でみることができないことも少なくありません。
1.5倍速再生をすれば、一本を見るには少し時間が足りないかなと思えるときでもみることができるため、もう一度見たいと思った作品を見るのにちょうど良いです。
すべての作品をこのような見方をしてしまう人は少しもったいないなと思いますが、時間がなくてもう一度見たい作品が山ほどある自分のような人間には便利な方法だと感じます。
2018年4月6日金曜日
森下幹人は暑い夏に冬の映画をみる
最近は日本でも夏はかなり暑くなって、まるで熱帯地方かと思ってしまうことも少なくありません。
地球温暖化が叫ばれますが、確かに近年の夏の暑さを考えるとそれも深刻な問題なのかなと思ってしまいます。
そのようなことを言ったところで森下幹人が地球をどうにかすることができるわけではありませんから、快適に暮らすためには自分なりに何かしら工夫をする必要があるわけですが、そこで実践しているのが暑い夏には冬の映画をミルということです。
画面の向こうだけでも雪が一面積もって涼しそうだと、見ている自分も涼し気な気持ちになりますから、これがなかなかいい気分転換になります。
むしろ、冬の映画は夏にこそみるものだと森下幹人は考えていて、冬の寒い時期にみると周りも寒くて画面の向こう側も寒いとなると冷え切ってしまいます。
中にはそれを見越して寒さを演出している作品もあるのでしょうから、そのようなものは冬に見たほうが良いのかも知れませんが、純粋に作品の良し悪しを判断するのであれば、暑い時期のほうがあっているのではないかなと思います。
夏の暑さを忘れるために昔から人々は色々なことをしてきたりしますが、今の時代は冬の映画を見て涼しい気持ちになってみてはいかがでしょうか。
もちろん、暑い夏に爽やかな夏の映画を見て楽しむのも悪いものではありませんが、あえて普段と正反対の作品を見てみるというのもこれはなかなか面白かったりするので、試してみてもらいたいものです。
地球温暖化が叫ばれますが、確かに近年の夏の暑さを考えるとそれも深刻な問題なのかなと思ってしまいます。
そのようなことを言ったところで森下幹人が地球をどうにかすることができるわけではありませんから、快適に暮らすためには自分なりに何かしら工夫をする必要があるわけですが、そこで実践しているのが暑い夏には冬の映画をミルということです。
画面の向こうだけでも雪が一面積もって涼しそうだと、見ている自分も涼し気な気持ちになりますから、これがなかなかいい気分転換になります。
むしろ、冬の映画は夏にこそみるものだと森下幹人は考えていて、冬の寒い時期にみると周りも寒くて画面の向こう側も寒いとなると冷え切ってしまいます。
中にはそれを見越して寒さを演出している作品もあるのでしょうから、そのようなものは冬に見たほうが良いのかも知れませんが、純粋に作品の良し悪しを判断するのであれば、暑い時期のほうがあっているのではないかなと思います。
夏の暑さを忘れるために昔から人々は色々なことをしてきたりしますが、今の時代は冬の映画を見て涼しい気持ちになってみてはいかがでしょうか。
もちろん、暑い夏に爽やかな夏の映画を見て楽しむのも悪いものではありませんが、あえて普段と正反対の作品を見てみるというのもこれはなかなか面白かったりするので、試してみてもらいたいものです。
2018年3月29日木曜日
森下幹人は映画の原作もチェックする
映画好きというのは映像作品が好きなだけでなく、その元となる作品も好きな人は少なくありません。
森下幹人もその一人で、面白いと思った作品があれば原作もできる限りチェックするようにしています。
全てが全てチェックをすることができませんし、映画のほうが有名になりすぎてしまった古い作品などは原作を探すのが大変なので見ることができないこともありますが、比較的入手が容易なものであればできるだけ見ています。
そこで感じることは大抵の場合には、話の面白さで言えば原作のほうが上だということです。
小説か漫画であることが多いわけでこちらは映画のように時間の制約がありませんから、いくらでも詰めたい要素を詰めることができます。
もちろん、バランスが重要ですから話を崩壊させない程度に要素を詰め込んでいくことになるわけですが、それでも作者の書きたいことは思う存分に入れることができるものです。
それに対して映画というのは、時間が決められていますから、その中で原作を表現しなければならないとなれば、どうしても内容が薄くなってしまうことは否めません。
その代わり文字や絵で動きのないものを映像で見ることができるというのは非常に面白いものがあり、紙の上では表現できない様子を見ることができるのは、他にはない面白さではないかと森下幹人は感じています。
原作あってこそではありますが、やはりどちらにも良さがあるわけで、原作も映画も別の方向性で面白いものです。
森下幹人もその一人で、面白いと思った作品があれば原作もできる限りチェックするようにしています。
全てが全てチェックをすることができませんし、映画のほうが有名になりすぎてしまった古い作品などは原作を探すのが大変なので見ることができないこともありますが、比較的入手が容易なものであればできるだけ見ています。
そこで感じることは大抵の場合には、話の面白さで言えば原作のほうが上だということです。
小説か漫画であることが多いわけでこちらは映画のように時間の制約がありませんから、いくらでも詰めたい要素を詰めることができます。
もちろん、バランスが重要ですから話を崩壊させない程度に要素を詰め込んでいくことになるわけですが、それでも作者の書きたいことは思う存分に入れることができるものです。
それに対して映画というのは、時間が決められていますから、その中で原作を表現しなければならないとなれば、どうしても内容が薄くなってしまうことは否めません。
その代わり文字や絵で動きのないものを映像で見ることができるというのは非常に面白いものがあり、紙の上では表現できない様子を見ることができるのは、他にはない面白さではないかと森下幹人は感じています。
原作あってこそではありますが、やはりどちらにも良さがあるわけで、原作も映画も別の方向性で面白いものです。
2018年3月23日金曜日
森下幹人は嫌いな映画がなかったりする
森下幹人は好きな映画はあるのですが、嫌いな映画はなかったりします。
どれもどこかにいい部分はありますし、製作者は何を考えてどのように思わせたくて作ったのかを考えると、色々な楽しみ化ができるものです。
もちろん、退屈だと思うものもあればつまらないと感じるものもありますが、だからといってこれは嫌いだと感じるものはありません。
思想的に相容れないと感じるものはあっても、それはそれで一つの考え方ですから、広い視野を持つという意味では自分の気に入るものだけ見るべきではないと考えているのでありだと思っていますし、むしろ積極的にそのようなものを森下幹人は見ることもあります。
映画好きであれば商業主義に走りすぎたものは嫌う傾向にあったりもしますが、それもまた森下幹人としてはビジネスとして成り立たなければ、この業界自体がなくなってしまいますから悪いものだとは思っていません。
商業主義に走りすぎた結果として、原作や作品自体を汚すものはどうかと思わないこともありませんが、商業主義だからクオリティが低いというわけではなく、観客を呼び込むためには必然的に最低限のクオリティも重要となりますから、なんだかんだでこのようなものはよくできていたりします。
上手く客を引きつける作りになっていたりするので、感心する部分もあるので嫌いになることはできません。
合う合わないはもちろんありますが、嫌いになる映画というのは今まであたったことはないです。
どれもどこかにいい部分はありますし、製作者は何を考えてどのように思わせたくて作ったのかを考えると、色々な楽しみ化ができるものです。
もちろん、退屈だと思うものもあればつまらないと感じるものもありますが、だからといってこれは嫌いだと感じるものはありません。
思想的に相容れないと感じるものはあっても、それはそれで一つの考え方ですから、広い視野を持つという意味では自分の気に入るものだけ見るべきではないと考えているのでありだと思っていますし、むしろ積極的にそのようなものを森下幹人は見ることもあります。
映画好きであれば商業主義に走りすぎたものは嫌う傾向にあったりもしますが、それもまた森下幹人としてはビジネスとして成り立たなければ、この業界自体がなくなってしまいますから悪いものだとは思っていません。
商業主義に走りすぎた結果として、原作や作品自体を汚すものはどうかと思わないこともありませんが、商業主義だからクオリティが低いというわけではなく、観客を呼び込むためには必然的に最低限のクオリティも重要となりますから、なんだかんだでこのようなものはよくできていたりします。
上手く客を引きつける作りになっていたりするので、感心する部分もあるので嫌いになることはできません。
合う合わないはもちろんありますが、嫌いになる映画というのは今まであたったことはないです。
2018年3月14日水曜日
森下幹人が名作映画を見て思うことは
映画好きでなく一般人が見て名作と呼ばれるような作品は、森下幹人のような映画好きは好まないと思っている人もいるかも知れませんが、自分は決してそのようなことはありません。
確かに大衆受けするような作品を嫌う人もいますが、森下幹人は多くの人が名作と支持している作品はそれだけよくできていると思っていますから、支持されるのも決して不思議ではないと考えています。
まず、多くの人から名作とされる作品は基本的な作りがしっかりとしていて、綺麗にまとまっているので見やすいものが多いです。
無駄に長く話が続くわけでもなければ、尻切れトンボになってしまうわけでもなく、限られた時間の中でしっかりと話をまとめて見終わったあとに心地よい余韻を残してくれます。
ストーリーも意外性がありつつも基本的には王道を行くものとなっていて、目新しさがなくてもそれを面白く見せるために工夫が凝らされているのが良いです。
下手に含みをもたせたような内容にすると結局何を伝えたかったのだろうかとなってしまう作品は多いものですから、王道となる作品は基本わかりやすくしっかりしているものです。
このように万人が支持するようなよくできた作りになっているわけですから、大衆受けするような作品を批判するのはお門違いであり、映画の基本として捉えるのも良いのではないかなと思います。
王道的な作品があるからこそ、映画通が好むような作品が生まれるので名作の価値は高いと感じています。
確かに大衆受けするような作品を嫌う人もいますが、森下幹人は多くの人が名作と支持している作品はそれだけよくできていると思っていますから、支持されるのも決して不思議ではないと考えています。
まず、多くの人から名作とされる作品は基本的な作りがしっかりとしていて、綺麗にまとまっているので見やすいものが多いです。
無駄に長く話が続くわけでもなければ、尻切れトンボになってしまうわけでもなく、限られた時間の中でしっかりと話をまとめて見終わったあとに心地よい余韻を残してくれます。
ストーリーも意外性がありつつも基本的には王道を行くものとなっていて、目新しさがなくてもそれを面白く見せるために工夫が凝らされているのが良いです。
下手に含みをもたせたような内容にすると結局何を伝えたかったのだろうかとなってしまう作品は多いものですから、王道となる作品は基本わかりやすくしっかりしているものです。
このように万人が支持するようなよくできた作りになっているわけですから、大衆受けするような作品を批判するのはお門違いであり、映画の基本として捉えるのも良いのではないかなと思います。
王道的な作品があるからこそ、映画通が好むような作品が生まれるので名作の価値は高いと感じています。
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